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東京地方裁判所八王子支部 平成5年(わ)20号 判決 1995年12月15日

主文

被告人両名をいずれも死刑に処する。

理由

(本件犯行に至る経緯等)

被告人両名は、いずれも、中華人民共和国福建省出身の同国人であって、同国同省に親、兄弟を残している。

被告人Aは、昭和六三年五月、本邦に入国し、その後、数回、帰国したものの、再入国を繰り返し、この間、「A」及び「C」の両名義の各旅券を取得し、当初は、働きながら日本語学校に通学していたが、その後、土木作業員や中国人を対象として住居、仕事等の斡旋をするなどしていたところ、この間、不法残留状態となっていた。

被告人Bは、昭和六三年二月、本邦に入国し、当初は、日本語学校に通学していたものの、やがて、同学校を退学して、飲食店従業員等として稼働していたが、平成元年二月以降は、不法残留状態になっていた。

被告人両名は、親しく交際していたところ、被告人Aは、平成三年一一月ころ、Dなどと共に、東京都板橋区内のマンションの甲野四〇八号室に移り住み、被告人Bも、平成四年三月ころ、被告人A、Dなどと共に居住するようになったが、さしたる仕事もすることなく、パチスロをするなどして過ごしていた。

(罪となるべき事実)

第一  被告人両名は、Dと一緒に甲野四〇八号室に居住していたが、同人から、簡単に金が取れるパチンコ店があるという話を聞かされ、同店を下見に行くことを誘われたことから、これに応じ、平成四年五月二二日ころの夜、有限会社乙山経営の東京都多摩市《番地略》所在の丙川ビル一階のパチンコ店「乙山桜ケ丘店」(以下、「乙山パチンコ店」という。)に下見に赴き、同人と共に、同ビル前付近で同ビル内の様子を見た後、同ビル内に入り、被告人両名は、同ビル一階で、出入口、通路奥の乙山パチンコ店出入口、エレベーター、エレベーターホールなどを見た後、Dと共に、同ビルの一階からエレベーターに乗り、予め同店の事務所等があると聞いていた同ビル四階まで赴いた上、一階に戻ったが、その途中、二、三階に飲食店があることなどを確認した。

その後、D及び被告人両名は、同ビル一階のエレベーター前付近で同店店員を襲って売上金等を強奪することとし、同月二五日ころ、D及び被告人Bが、いずれも、棒を持って同ビル一階のエレベーターホールに立ち、被告人Aが、同ビル一階の出入口付近でナイフを持って、それぞれが待機して、同店店員が売上金を持って前記の一階通路奥の同店出入口から出て来るのを待ち、店員が同ホールでエレベーターを待っている際に売上金等を奪うこととし、売上金等を持った店員が一人である場合は、Dがいきなり所携の棒で背後から店員を殴り付けて気絶させ、被告人Bが売上金等を奪って所携のビニール袋にその現金を詰め込み、売上金等を持った店員が二人である場合は、D及び被告人Bが、それぞれ所携の棒で殴り付けてその店員らを気絶させ、これに失敗して店員らが抵抗をしてきたときには、見張役の被告人AもD及び被告人Bに加勢して所携のナイフを店員らに示して脅すなどし、手のあいた者が売上金等を奪うことと決め、甲野四〇八号室内において、同室を犯行現場に見立てて、Dが同ビル一階のエレベーターホールにある自動販売機の前付近に立つふりをし、被告人Bが同ホールにある公衆電話機の前付近に立つふりをするなどし、被告人Bがスパナのようなものを持ち出して、Dと相互にお互いの首の後ろ付近を殴り付けるまねまでした。

同月二七日ころの夜、D及び被告人両名は、乙山パチンコ店に行ってみて、可能であると判断できれば、売上金等強奪の計画を実行することとし、いずれも甲野の室内にあった刃体の長さ約一七・五二センチメートルのサバイバルナイフ一本、刃体の長さ約一四・五センチメートルのハンティングナイフ一本、長さ約四三センチメートルないし約四六センチメートル、直径約四センチメートルの丸い木製の棒、指紋を残さないようにするために手の指に貼るガムテープ一巻のほか、金属製ようの棒一本を持って、被告人Aの運転する乗用車で同マンションを出発し、丙川ビルの近くに駐車し、D及び被告人Bの両名がガムテープをちぎって両手の指に貼り、Dが前記のハンティングナイフ及び前記の金属製ようの棒を、被告人Aが前記のサバイバルナイフを、被告人Bが前記の木製の棒をそれぞれ持って降車し、午後一一時すぎころ、それぞれが同月二五日ころに決めたとおりの配置について待機していたところ、乙山パチンコ店の店員二名が、売上金等を台車に乗せるなどして、前記の一階通路奥の同店出入口から出てきて、エレベーターホールに入ってきたが、一人の男が同所のエレベーターの前に立ち、店員らと一緒にエレベーターに乗り込んだので、当日の犯行を断念した。

D及び被告人両名は、同月二九日夜、再び、計画を実行するべく、前記のナイフ二本、棒二本、ガムテープなどを持って、被告人Aの運転する乗用車で丙川ビル近くに赴き、乙山パチンコ店まで様子を見に行ったが、同ビル出入口付近に多数の飲食客がたむろしていたため、当日の犯行も断念し、同ビル一階エレベーター前付近で店員らを襲うことは、じゃまが入りやすく、また、人目につきやすいことから、従前の計画を変更し、同店店員らが売上金等を運び込む事務所のある同ビル四階のエレベーターホールで店員らを襲って売上金等を奪おうと考え、同ビル内を再度下見することとして、エレベーターに乗りあるいは階段を上って、同ビル四階に赴き、同階で売上金等を奪った後に同階から階段を降りて逃げることを予定し、同階のエレベーターホールと階段との間の無施錠のドア、同階から一階に至る階段、各階の状況などを確認した。

その後、D及び被告人両名は、甲野に帰ったが、その車中及び同マンション室内で相談を重ね、丙川ビル四階には乙山パチンコ店の事務所や寮があり、同店店員がそこにいる可能性があることなどから、同階エレベーターホールで店員らを襲うことには無理があると判断し、結局、同ビルのエレベーターに乗り込んで、その中で店員らを襲って売上金等を奪うことにした。そうして、その際、D及び被告人両名が一緒になって店員らと共にエレベーターに乗り込もうとすると、店員らに警戒されるおそれがあることから、二手に分かれてエレベーターに乗り込むこととし、被告人Aが、ナイフを隠し持って、同ビル一階のエレベーター前で待機し、売上金等を運んできた同店店員らと一緒にエレベーターに乗り込み、被告人Bが階段途中で店員らが前記の一階通路奥の同店出入口から出てくるのを確認するなどした上で、D及び被告人Bが、同ビル二階で、被告人Aが店員らと一緒に乗ったエレベーターに乗り込み、エレベーターが同ビル二階から四階に行くまでの間に、D及び被告人Aが、店員らを襲って、所携のナイフで同人らを突き刺し、そのときの事態に応じ、さらに、被告人Bが、前記の木製の棒で殴るなど、それぞれが暴行を加え、同ビル四階まで赴いてエレベーターを降り、その際、同階にある同店の事務所や寮から同店店員が出てきて、犯行を妨害する場合には、同人に対しても、右のようにナイフで突き刺すなどして、暴行を加え、このようにして、同店店員らの反抗を完全に抑圧した上、売上金等を奪い、同ビル四階から階段を使って一階まで降りて逃走することとした。

D及び被告人両名は、同月三〇日夜、甲野を出発して、被告人Aの運転する乗用車に乗って、乙山パチンコ店に向かったが、そのころ、相互に意思を相通じ、エレベーター内で店員らを襲い、同店員らや四階でエレベーターから降りた際に犯行を妨害しようとする店員に対し、ナイフで突き刺し、棒で殴るなどして、同人らの反抗を完全に抑圧した上、同店の売上金等を強奪することとし、これらの暴行によって同人らを殺害することもやむを得ない旨を決意し、ここにおいて、本件強盗殺人の最終的な共謀を遂げた。

D及び被告人両名は、同日午後一一時少し前ころ、丙川ビル付近に乗用車を停車させて、念のためにあらためて下見をするため、同ビルに入り、一階からエレベーターに乗り込んで四階まで赴いた上、エレベーターを各階に停めながら、あるいは、階段で、一階まで降り、それぞれが、その際に、各階の様子などを見て、計画どおり、四階から階段を使って逃走することができるか否かを確認した。その後、いったん、停車させていた乗用車まで戻り、お互いに見てきた同ビル内の様子を確認しあった上、Dが、ゴム手袋の先を切ったものをその指にはめ、前記のハンティングナイフを隠し持ち、被告人Aが、前記のサバイバルナイフを隠し持ち、被告人Bが、ガムテープをちぎって両手の指に貼って、前記の木製の棒を隠し持って、三名は、同日午後一一時一〇分ころ、同ビル内に入り、打ち合わせたとおり、被告人Aは、一階エレベーターホールで待機したが、D及び被告人Bは、なおも最終的な下見をするために、エレベーターで四階まで行った上、階段を使って二階まで降り、四階のエレベーターホールから二階に至るまでの状況を調べて、予定どおり、四階でエレベーターを降りて階段を使って一階まで逃走することに支障がないことを再確認し、その後、Dは、二階のエレベーターの前で待機し、被告人Bは、一階と二階との間の階段途中で店員らが前記の一階通路奥の乙山パチンコ店出入口から出てくるのを見るために待機していた。

以上のように、被告人両名は、Dと共謀の上、丙川ビルのエレベーター内で、乙山パチンコ店の店員らを襲って、殺害し、同店の売上金等の現金を強取しようと企て、平成四年五月三〇日午後一一時二〇分ころ、同店主任E(当時三九歳)が一万円札等の札の現金を入れたビニール袋を手に持って、同店副主任F(当時四三歳)が硬貨の現金を入れた台車を押して、それぞれ、前記の一階通路奥の同店出入口から出てきたのを認めたことから、被告人Aは、同人らと一緒にエレベーターに乗り込み、階段途中で待機して様子をうかがっていた被告人Bは、二階エレベーター前に行って、Dと共に、同階からそのエレベーターに乗り込んだ。

同エレベーターが同ビル二階から四階に向かって上昇中、Dが、Eの背後から所携の前記ハンティングナイフでその背部を数回突き刺し、被告人Aが、Fの背後から所携の前記サバイバルナイフでその背部を突き刺し、同ナイフを振り回して左大腿部を切り付け、Eの背後から同ナイフでその背部を数回突き刺し、被告人BがEの頭部を所携の前記木製の棒で数回力一杯殴打したほか、それぞれが、E及びFに対して、右の各ナイフで切り付け、その柄あるいは木製の棒で頭部等を殴打するなどの暴行を加えたが、この間、予想に反して、同人らが激しく抵抗し、エレベーター内が騒然となったことから、右のような暴行を加えるなどしながら、同人らの抵抗を排除し、D及び被告人Bは、現金を奪うこともなく、被告人Aは、急きょ、エレベーター内に散乱した現金の中から、約二三四万円をつかんで、四階でエレベーターから降りて、エレベーターホールに出た。D及び被告人両名がエレベーターから降りたころ、異常に気付いた同店の責任者で有限会社丙川の取締役のG(当時三六歳)が同階にある乙山パチンコ店の事務所から同エレベーターホールに駆け付けてきたところから、Dが、前記ハンティングナイフでその背部等を数回突き刺しあるいは切り付けた。

そのため、E及びFは、同エレベーターホール内でうつぶせに倒れ、そのころ、同所において、Eを背面刺創による両肺損傷に基づく出血性ショックにより、Fを右背面刺創及び左大腿部切創による右肺及び左大腿動脈・静脈損傷に基づく出血性ショックによりそれぞれ死亡させ、急を告げようとして、電話をするべく、ようやく、前記事務所にたどり着いたGを、同所において、左背面刺創による左肺損傷に基づく出血性ショックにより死亡させ、もって、E、F及びGの三名を殺害した上、有限会社乙山所有の前記現金約二三四万円を強取したものである。

第二  被告人Aは、H及びIと共謀の上、金品を窃取する等の目的で、同年一〇月一〇日午前三時五〇分ころ、東京都豊島区《番地略》所在の南大塚丁原ビル地下一階のJ子が看守するスナック「戊田」の施錠されていた出入口ドアをこじ開けて、同所から同店内に忍び込み、もって、人の看守する建造物に侵入したものである。

第三  被告人Bは、中華人民共和国の国籍を有する外国人で、同国政府発行の旅券を所持し、昭和六三年二月一一日、新東京国際(成田)空港に上陸して本邦に入国したものであるが、本邦在留期間は平成元年二月一一日までであったのにもかかわらず、同日までに本邦から出国せず、在留期間の更新又は変更を受けないで、平成四年一一月一五日まで、神奈川県横浜市中区《番地略》所在の甲田九〇九号室等に居住するなどし、もって、在留期間を経過して本邦に残留したものである。

(証拠の標目)《略》

(補足説明)

被告人両名の弁護人らは、判示第一の強盗殺人に関して、被告人両名のいずれについても、共謀も犯意も実行行為も存しなかった旨主張する。

そこで、以下、この点について検討する。

1  (本件凶器について)

関係証拠によると、判示認定のとおり、本件犯行当時、本件犯行場所において、Dがハンティングナイフを、被告人Aがサバイバルナイフを、被告人Bが木製の棒をそれぞれ手に持っていたこと、本件被害者らの受傷が右のナイフ二本、棒一本以外の凶器によるものであることを窺わせる事情は存しないこと、右のサバイバルナイフは、本件エレベーター内に遺留されていた片刃刃器であり、右のハンティングナイフは、本件犯行後、本件犯行場所である丙川ビルの近くに遺留されていた片刃刃器であることが認められ、また、右の棒は、未だ発見されていないものの、判示認定のように、直径約四センチメートル、長さ約四三センチメートルないし約四六センチメートルのものと推認される。

2  (本件凶器と本件被害者らの受傷との関係について)

関係証拠、とりわけ、高津光洋作成の鑑定書及び同人の証言(以下、これらを併せて、「高津鑑定」という。)、久保田寛、飯塚直人共同作成の鑑定書、飯塚直人作成の鑑定書及び同両名の各証言(以下、これらを併せて「久保田ら鑑定」という。)によると、Eの前頭部には棒状鈍体が作用して形成されたと認められる二か所のし開創が認められ、同人の背部の八か所の刺創は、峰厚の異なった二種類の片刃刃器によって形成されたことが窺われ、前記のサバイバルナイフ及びハンティングナイフのそれぞれに同人の血液型と同型の血液型が認められる。そして、これらの事実によると、Dが所携の前記ハンティングナイフで、被告人Aが所携の前記サバイバルナイフで、それぞれEの背部を突き刺し、被告人Bが、所携の前記の木製の棒でEの前頭部を殴打したものと推認するに十分である。

この点について、被告人Aの弁護人らは、第一に、前記サバイバルナイフが遺留されていた本件エレベーター内には本件被害者であるE及びFの血液が流出していたから、同ナイフにこれらの血液が付着していた可能性がある旨主張し、第二に、Eの背部の刺創が峰厚の異なった二種類の片刃刃器によって形成されたとする高津鑑定によっても、その根拠とする創端の幅の差異はわずかであるから、その差異をもってEの背部の刺創が峰厚の異なった二種類の片刃刃器によって形成されたものということはできない旨主張する。

関係証拠によると、確かに、同ナイフが遺留されていた本件エレベーター内には、E及びFのものと認められる多量の血液が流出していたこと、同エレベーター内にはかなり混乱していた形跡が残されていたことが認められるから、同エレベーター内に流出していたE又はFの血液が同ナイフに付着していた可能性を全く否定することはできないが、しかしながら、同ナイフの刃体部分の血痕は多量で、しかも、刃体部分の全体にわたっていて、そこに相当多量の血液が付着していたものと考えられるところ、同ナイフは、同エレベーター内の血溜りの中にあったものではなく、同エレベーター内床上に残された血痕の上の札の上に遺留された状況にあったことなどに照らすと、本件エレベーター内にE及びFの血液が流出していたことをもって、被告人Aが、同ナイフでEの背部を突き刺したとの前記推認を妨げるものとはいえない。

また、Eの背部の刺創が二種類の片刃刃器によって形成されたことを示唆する高津鑑定は、当該刺創の一か所の創端のみを取り上げて他の刺創の創端と比較したものではなく、上創端、下創端といった創端の変化の有無、程度を根拠とするものであり、これによると、Eの背部の八か所の刺創の創端、これによって推定される峰厚には、高津鑑定が指摘するとおり、明らかに有意的な差異があることを肯定することができる。

なお、被告人Aの弁護人らは、前記サバイバルナイフには、同被告人とDの血液だけが付着していた可能性があるとも主張するが、関係証拠によると、被告人Aの受傷部位は背部であって、これは、同被告人が手にしていた同ナイフによるものであるとは考え難く、Dが持っていた前記ハンティングナイフによるものと認められ、また、同人は、同ナイフによってその顔面に受傷したことはあるものの、右サバイバルナイフによって受傷したとは認められないから、同ナイフに被告人A又はDの血液が付着していたとは認められない。

したがって、被告人Aの弁護人らの右主張はいずれも採用することができない。

次にFの受傷について検討するに、高津鑑定、久保田ら鑑定などの関係証拠によると、Fの背部及び大腿部には、それぞれ、前記サバイバルナイフによって形成されたことを窺わせるし開創があり、同ナイフには同人の血液型と同型の血液型が認められ、これらの事実に照らすと、被告人Aが所携の同ナイフで、Fの背部を突き刺し、その大腿部を切り付けたものと推認するに十分である(なお、高津鑑定及び久保田ら鑑定を総合考慮すると、右に加えて、Dがその所携の前記ハンティングナイフでFの左腕部等を突き刺した可能性があることも否定できない。)。

この点について、被告人Aの弁護人らは、高津鑑定は、Fの左腕部の貫通創について、その鑑定書においては、右の背部のし開創を形成したと同一の片刃刃器によって形成されたとしても矛盾はしないとしながら、その証言では、前記サバイバルナイフよりも前記ハンティングナイフの方ができやすいとしていることなどをとらえて、高津鑑定は信用性がない旨主張するが、高津鑑定は、Fの左腕部の貫通創は、右ハンティングナイフの方ができやすいとしながらも、この二つのナイフのいずれによるともいえず、右サバイバルナイフによる可能性もあるとするものであるから、高津鑑定に関する右の弁護人らの非難はあたらないというべきであり、Fの創傷に関する高津鑑定の信用性を害するような事情は認められない。

なお、被告人Aは、所携の前記サバイバルナイフで店員らを突き刺したことはなく、Fの大腿部の受傷を除くと、店員らを負傷させたこともない旨供述するが、この供述が信用できないことは、これまでに認定したところからして明白である。

また、Gは、その背部、肩部、腰部、下顎部等にし開創を負っているところ、これらはDが手にしていた前記ハンティングナイフによるものと推認することができることは、高津鑑定、久保田ら鑑定等の関係証拠から認められる創端、そこから推定される片刃刃器の峰厚、同ナイフに残された血液型とGの血液型が一致することなどから明らかである。

3  (本件凶器、被害者らの受傷の部位、程度、殺人の犯意等について)

関係証拠によると、Dが手にしていた前記ハンティングナイフは、全長約二六・〇センチメートル、刃体の長さ約一四・五センチメートル、刃幅が最も広いところで約二・七五センチメートルもある鋭利な大型ナイフであり、被告人Aが手にしていた前記サバイバルナイフは、全長約三〇・二センチメートル、刃体の長さ約一七・五二センチメートル、刃幅が最も広いところで約三・四五センチメートルもある鋭利なより大型のナイフであることが認められ、D及び被告人Aが、このような殺傷力の極めて高い凶器で、前記のように、被害者らの身体の枢要部である背部を突き刺したこと自体、D及び被告人Aが被害者らに対する殺意を有していたことを優に推認させるものである。

その上、高津鑑定によると、Eの背部の刺創(し開創)八か所のうち、Dが所携のハンティングナイフで突き刺したことにより形成されたものと推認される創傷には、<1> 左第七肋骨を正鋭な創で貫通して胸腔内に進入し、左肺下葉後面に創を与えて肺実質内に終わる創洞の全長が五センチメートルないし六センチメートルのもの、<2> 左第七肋間、胸椎左縁の部を正鋭に貫通して胸腔内に進入し、その後、左肺下葉の部に創を与えて肺実質内に終わる創洞の全長が約七センチメートルのもの、<3> 右第七肋間で胸椎右縁の右方の部から正鋭な創で貫通し、その右で第七肋骨を貫通し、胸腔内に進入後、右肺下葉、葉間縁の下方の部に創を与え、下葉を貫通し、さらに上葉実質内に進入して終わる創洞の全長が約七・五センチメートルで、肺実質内肺動脈が切断されているものがあり、被告人Aが所携のサバイバルナイフで突き刺したことにより形成されたものと推認される創傷としては、肩甲骨を貫通して右第三肋間から胸腔内に貫通し、右肺上葉に創を与えて肺実質内に終わる創洞の全長が一〇センチメートルないし一一センチメートルのものがある。これらの刺創は、いずれもはなはだ重大な創傷であり、これら胸腔内に進入し、両肺に多数の損傷を与えた創傷は、胸腔内から多量の血液を体外に流出させ、Eを出血性ショックにより、受傷後ほどなくして死亡させるに至ったことが認められる。右認定事実に照らすと、右のような重大な創傷は、D及び被告人Aが、それぞれ、確定的な殺意をもって、Eの背後から、力を込めて、前記のハンティングナイフ及びサバイバルナイフで突き刺したことを十分推認させるものである。

また、被告人BがEの前頭部を前記の木製の棒で殴打したことによると認められる創傷は、高津鑑定によると、その棒がかなり強力に作用して形成された挫創であることが認められ、同被告人も同棒でEの頭部を力一杯殴打したことを自認しているから、同被告人も確定的殺意をもって、右の殴打行為に及んだものと推認することができる。

次に、Fの創傷について考察するに、高津鑑定によると、Fの背部の刺創(し開創)は、右胸郭背面第七肋間、右肋椎関節の右方の部から創で肋膜を貫通して右胸腔内に進入し、第八肋骨が一部正鋭に切截され、胸腔内に進入後、右肺下葉側面に創を与えて肺実質内に進入し、貫通して肋膜に創を与え、胸腔内に終わる創洞の深さが八センチメートルないし九センチメートルのものであって、左大腿動脈・静脈の完全切断とあい重なって、同人を出血性ショックにより、受傷後ほどなくして死亡させるに至ったことが認められる。右認定事実に照らすと、被告人Aが、確定的な殺意をもって、Fの背後から、力を込めて、前記のサバイバルナイフで突き刺したことを推認させるに十分である。

なお、高津鑑定によると、Fの左会陰部から大腿前面にかけて創縁、創壁がともに正鋭な一辺の長さが約一六・五センチメートルのかなり大きなし開創があり、大腿部筋肉が正鋭に切断されて、大腿動脈・静脈が完全に切断され、これが致命傷の一つとなっていることが認められる。高津鑑定などの関係証拠に照らすと、この創傷は、被告人Aが、その手にしていた前記サバイバルナイフで力を込めて切り付けたことによって生じたものと推認するに十分であるが、Fの前記の背部の創傷が、同人の背後から同ナイフで突き刺されたことによるものと推認されるのに対して、この大腿部の創傷は、その部位からして、同人の前面から同ナイフで切り付けられたことによる刺創であることが窺われることのほか、被告人Aの法廷供述にも照らすと、これは、同被告人があえてその箇所を狙って切り付けたものではなく、同被告人が、前記のように、殺意をもって、同ナイフでFの背部を突き刺すなど、同ナイフを振り回すうち、同人の抵抗にあったり、狭いエレベーター内で入り乱れているうちに、誤って切り付けてしまったことによるものと考えられる余地がある。しかしながら、このような錯誤が、同創傷が同被告人の殺意に基づくものであると認定することの妨げになるものでないことはいうまでもない。

さらに、高津鑑定によると、Gの背部の刺創(し開創)は、左第六肋骨から第六肋間にかけて正鋭に貫通して胸腔内に進入し、左肺下葉を側面から内側にかけて貫通し、正鋭な創で気管支内に進入し、対側の気管支壁を辛うじて切開して貫通し終わる創洞の深さが一〇センチメートル内外のもので、受傷後間もなく同人を左背面刺創による左肺損傷に基づく出血性ショックにより死亡させるに至ったものであり、このことは、Dが、確定的殺意をもって、Gの背後から、前記のハンティングナイフで突き刺したことを優に推認させるものである。

右に認定したように、D及び被告人Aの両名が、同じころ、前記エレベーター内において、Eの背後から、その背部を前記のハンティングナイフ及びサバイバルナイフで突き刺し、受傷後ほどなくして死亡させ、また、そのころ、同所において、被告人Bが、Eの頭部を前記の木製の棒で力一杯殴打し、さらに、被告人Aが、Fの背後から、その背部を前記のサバイバルナイフで突き刺し、やはり受傷後ほどなくして死亡させ、さらに、これに引き続き、丙川ビル四階のエレベーターホールにおいて、駆け付けてきたGに対しても、Dが、その背部を前記のハンティングナイフで突き刺して間もなく死亡させたということは、それ自体、到底偶然な出来事とは認め難く、D及び被告人両名が、共謀の上で、それぞれが確定的殺意をもって、本件犯行に及んだことを強く推認させるものである。

なお、被告人両名は、Gが同ビル四階のエレベーターホールに駆け付けてくるようなことは予想もしていなかった旨供述するが、判示認定のとおり、D及び被告人両名は、本件犯行に先立つ平成四年五月二九日夜、乙山パチンコ店まで様子を見に行った際、いったんは、同エレベーターホールで店員らを襲って売上金等を奪うことを企図したものの、その後、相談を重ねた結果、同階には同店の事務所や寮があり、同店店員がそこにいる可能性があることなどから、同階エレベーターホールで店員らを襲うことをやめた経緯があり、この事実に照らすと、判示認定のように、同階でエレベーターから降りた際、同階にある同店の事務所や寮から同店店員が出てきて、犯行を妨害することがあることを予想し、このような場合には、その店員に対しても、ナイフで突き刺すなどして暴行を加えることを予め共謀していたものと認めるに十分であって、被告人両名の右供述は信用することができない。

また、関係証拠によると、判示認定のとおり、本件殺人が、店員らから売上金等を強取するために行われたものであることは明らかであるから、D及び被告人両名について、本件殺人について、犯意、共謀及び実行行為が推認される以上は、本件強盗殺人についても、その犯意、共謀及び実行行為が推認されるということになる。

4  (本件犯行に至る経過、本件犯行計画、強盗殺人の犯意等について)

関係証拠によると、判示認定のとおり、D及び被告人両名は、平成四年五月二二日ころ以降、乙山パチンコ店から売上金等を強奪することを企図し、同日ころ及び同月二七日ころ、同店に赴き、同店のある丙川ビルの一階から同店の事務所等のある同ビル四階まで見てまわるなどしたが、この間、同ビル一階のエレベーター前付近で、同階通路奥の同店出入口から売上金等を運んできた同店店員を襲い、Dが、あるいは、被告人Bがこれに加わり、所携の棒でその店員を殴り付け、気絶させて、店員から売上金等を強奪することとして、これに備えて、甲野居室内において、スパナのようなものを持ち出して、Dと被告人Bは、お互いの首の後ろ付近を殴り付けるまねまでしていたことが認められる。

なお、被告人Aは、店員と通じるなどして乙山パチンコ店から現金を得るとは思っていたが、店員らに暴行を加えるなどして現金を強奪することについては、Dや被告人Bと相談したこともなく、全く知らなかったし、また、同月二二日ころ及び同月二七日ころには、丙川ビルの中に入ったこともなかったなど、本件犯行に至るまでの経過に関する判示認定に反する供述をしているところ、この供述は、被告人Bの供述等の関係証拠、被告人AとD及び被告人Bとのそれぞれの関係、本件犯行時に現に被告人Aが行なった行動等に照らして信用することができない。

ところで、D及び被告人両名は、判示認定のとおり、同月二七日ころ及び同月二九日の二回にわたって、棒二本のほか、鋭利な刃物である前記のサバイバルナイフ及びハンティングナイフまで持って行っていたのであるから、その棒やナイフで店員を脅すこともできる状況にありながら、前記認定のように、いわば予行演習のようなことまでした上、棒で店員を殴り付けて気絶させることにこだわったのは、単にナイフなどで店員を脅すだけでは、その店員が犯行終了後すぐに騒ぎ出したり人を呼ぶなどすることによって、自分たちが捕まることを心配し、売上金等を確実に強奪するためには、店員の意識をなくさせて、騒いだり通報するようなことができない完全な反抗抑圧状態にする必要性を感じたからにほかならないと認めざるを得ない。

そして、判示認定のとおり、同月二七日ころに引き続いて、同月二九日ころ、売上金等強奪の計画を実行すべく、乙山パチンコ店に赴いたものの、多数の飲食客がたむろしていたことから、当日の犯行を断念し、従前の計画を変更して、結局、丙川ビルのエレベーターに乗り込んで、同エレベーターが二階から四階に上がるまでの間に、その中で店員らを襲って売上金等を奪うことにしたが、その店員らの意識をなくさせて、騒いだり通報するようなことができない完全な反抗抑圧状態にするという右の基本的方針には変更がなかったものというべきである。

すなわち、それは、D及び被告人両名は、同月二九日、従前の計画を変更することとした後にも、同ビル四階まで赴いた上、各階の状況などを確認したり、同月三〇日、本件犯行の前に二回にもわたって、四階まで往復したのは、それだけ犯行遂行意思が強固で、あくまでも売上金等の強奪に固執したからというべきであるから、本件犯行にあたっても、犯行終了後に店員らが騒いだり通報したりする余地を残さないように考えていたはずであるということである。

被告人両名は、この点について、エレベーター内でナイフを示して店員らを脅かせば、店員らは抵抗することなく、簡単に売上金等を奪うことができると考えていたとの趣旨の供述をするが、犯行終了後、店員らが騒いだり通報したりすることはないということは到底考えられなく、現に、その点の心配があったからこそ、同ビル一階のエレベーター前付近で売上金等を強奪しようと計画していた当時、店員を気絶させようと企図していたのであり、また、本件犯行の際は、犯行終了後は同ビルの四階から階段を降りて逃げようと考えていたのであって、犯行終了後、店員らを任意の状態にして解放するようなことをすれば、自分たちが四階から一階まで階段を降りた上で同ビルから逃走するまでの間に、店員らに騒がれたり通報されたりして、捕まってしまう危険性があることは十分認識していたと考えられるから、右の供述はそれ自体不自然なものであって全く信用することができない。また、被告人Bは、当公判廷の最後になって、犯行終了後、自分たちは、エレベーターを四階で降り、店員らは同階で降ろさせず、そのエレベーターで五階まで行かせる手はずになっていたし、五階のエレベーターホールと階段の間のドアは常に施錠されていることは事前に分かっていたから、店員らはエレベーターで降りざるを得ず、その間に逃げられると思ったとの趣旨の供述をするに至っているが、関係証拠によると、本件犯行当日における手はずとしては、確かに、犯行終了後、D及び被告人両名は、四階でエレベーターを降りて、階段で一階まで逃げることとし、店員らについてはエレベーター内に閉じ込めたまま、五階まで上げることを考えていたことが窺えるのの、そもそも、五階のエレベーターホールと階段の間のドアが施錠のないものであることは、検証調書等の本件関係証拠から明白であって、被告人Bの右供述は全く信用することができない。

次に問題とすべきことは、本件犯行は、人目につかない密室であり、しかも、九人乗り用のわずか約一・七平方メートルしかない狭いエレベーター内で、その上、エレベーターが丙川ビルの二階から四階に上がるまでの約一〇秒余の間というごく短時間に遂行することが計画されていたことである。D及び被告人両名が、このような密室内で、しかも、ごく短時間に、店員らから売上金等を強奪する目的を確実に達成し、さらに、自分たちが安全に逃走するためには、所携の鋭利な刃物である前記のハンティングナイフ及びサバイバルナイフで店員らを突き刺すなどして、同人らを一気に制圧し、その反抗を完全に抑圧してしまうことが最も有効であり、また、他にこれに代わるべき方法はないから、D及び被告人両名としてもこのことを十分認識していたものと推認することができる。そして、判示認定のとおり、現に、エレベーターが二階から四階に向かって上昇中、Dは、Eの背後から所携のハンティングナイフでその背部を突き刺すなどし、被告人両名も、サバイバルナイフでFやEの背部を突き刺したりEの頭部を木製の棒で殴打するなどしているのであって、これらは、予め予定していた行動であったことが窺われる。被告人両名は、予想に反して、Dがいきなり店員を襲ったものであるとの趣旨の供述をするが、Dが、被告人両名との打ち合わせの結果に反してまでして、突然右のような行動に出ることは考え難く、またそのような行動に及ばなければならなかった事情も全く窺えないから、被告人両名の右供述は信用することができない。

これに加え、D及び被告人両名は、丙川ビルの四階には乙山パチンコ店の事務所等があり、同店店員らがそこにいる可能性があり、また、本件犯行時ころ、各階には、未だ営業を続けている飲食店があったり、乙山パチンコ店の店員らや飲食店の店員、客らが同ビル内に残っていることを知っていたので、それゆえに、エレベーター内で店員らから売上金等を強奪した後に、店員らを任意の状態にして解放するようなことはせずに、極めて短時間のうちに、エレベーター内で店員らを襲ってナイフでその背部を突き刺すなどして売上金等を強奪することを企図したものと考えられる。

ところで、判示認定のとおり、D及び被告人両名は、エレベーター内で、Eらに対して、所携のナイフで突き刺すなどしたものの、結局は、D及び被告人Bは、現金を奪うこともせず、被告人Aが、エレベーター内に散乱した現金の中から約二三四万円をつかんで逃走したものであるが、このことは、事前に全く予想していなかった事態が発生したからにほかならないというべきである。なぜなら、それまで、念には念を入れて、何度も繰り返して、エレベーターで昇り降りしたり、階段を上り降りしてまでして、乙山パチンコ店の事務所等のある四階等各階の様子を調べたのは、あくまで売上金等強奪に固執したためであったとみるべきであるから、よほどの予想外のことが起きたのではない限り、極めて多額の現金を目にしながら、D及び被告人Bは現金を奪うこともせず、被告人Aがそれまでの計画からすればそのほんの一部にすぎない約二三四万円の現金しか奪わなかったということはあり得ないからである。

そして、これまでに認定した事実に照らすと、それは、店員らの背後から、いきなり、鋭利にして大型で、殺傷力の極めて高いハンティングナイフ及びサバイバルナイフで力を込めてその背部を突き刺し、頭を力一杯殴れば、店員らに重傷を負わせ、意識をなくすなどして、抵抗することも全くできない状態にできると確信していたにもかかわらず、同店員らが重傷を負いながらも必死になって抵抗してきたというまさに全く予想もしていなかった事態が発生したからと認めるのが相当である。このこと自体、判示認定のとおり、D及び被告人両名が、共謀の上、エレベーター内で店員らを襲い、ナイフで突き刺すなどして、同人らの反抗を完全に抑圧した上、売上金等を強奪することとし、これらの暴行によって同人らを殺害することもやむを得ない旨決意していたことを裏付けるものというべきである。

以上のような、本件犯行に至るまでの経過からしても、本件強盗殺人について、D及び被告人両名の犯意、共謀及び実行行為を十分肯定することができるというべきである。

5  (本件強取金額について)

起訴状記載の公訴事実においては、本件強取金額を約二四一万円としているところ、関係証拠によると、確かに、E及びFが本件犯行当時エレベーターで運んでいたと認定される乙山パチンコ店の売上金等の合計額から本件犯行後丙川ビル内から発見された遺留現金を差し引いた現金額が合計二四一万六三〇〇円であったこと、被告人Aが持って行った現金の中に六三〇〇円という端数の金額が含まれていた形跡がないことが認められるから、本件強取金額を右のように約二四一万円とすることにも合理性が認められる。

しかしながら、関係証拠によると、右の遺留現金は、そのほとんどはエレベーター内に残っていたものではあるが、そのほか、四階のエレベーターホールのみならず、同階の階段ホール、丙川ビルの三階と四階の間の階段踊り場、さらに、昇降機設備内にも、かなり多額の現金が残されていたこと、これらの現金が発見されるまでの間に同ビルの階段を通った者も少なくないことが窺われること、右のような遺留状態では未発見の現金が全くなかったとも断言し難いこと、被告人Bは、捜査段階で、本件犯行後、被告人Aから受け取って、奪った現金を数えたが、合計二三四万〇五〇〇円であった、同被告人にも、「二三四万円ある。」と述べたことを供述しているところ、この供述をにわかに排斥することができるような事情は見当たらないから、結局、本件強取金額は、判示認定のとおり、これを約二三四万円と認定することが相当である。

なお、被告人Bは、当公判廷に至って、本件強取金額は合計二三一万円であった旨供述を変更し、被告人Aもこれに副った供述をしているが、いずれも、その根拠自体あいまいであって、採用することができない。

6  (結論)

以上に説示したところからして、判示第一の強盗殺人の事実はこれを認定するに十分であるということができ、したがって、被告人両名の弁護人らの前記主張はいずれも採用することができない。

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の各所為は、それぞれ、各被害者ごとに、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法六〇条、二四〇条後段に該当する。

被告人Aの判示第二の所為は、同改正前の同法六〇条、一三〇条前段に該当する。

被告人Bの判示第三の所為は、出入国管理及び難民認定法七〇条五号に該当する。

各所定刑中、判示第一の各罪については、被告人両名のいずれについても、それぞれ、後記の理由により死刑を選択し、判示第二、第三の各罪については、いずれも懲役刑を選択する。

被告人Aについての判示第一及び第二の各罪、被告人Bについての判示第一及び第三の各罪は、いずれも、前記改正前の刑法四五条前段の併合罪であるところ、同改正前の同法四六条一項本文、一〇条三項により、被告人両名のいずれについても、犯情の最も重い判示第一のEに対する罪の刑で処断し、他の刑を科さず、被告人両名をいずれも死刑に処し、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して、被告人両名に訴訟費用を負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、中華人民共和国人である被告人両名が、同国人の共犯者と共謀の上、売上金等をエレベーターで運搬中のパチンコ店店員らを襲って、その店員二名など合計三名の店員らを殺害して、売上金等の現金約二三四万円を強取した事案(判示第一の犯行)、被告人Aが、同国人である共犯者らと共謀の上、閉店後のスナックに侵入した事案(判示第二の犯行)、被告人Bが、オーバーステイした事案(判示第三の犯行)である。

本件各犯行の核心をなすものは、いうまでもなく、本件第一の強盗殺人である。

この犯行について、第一に指摘すべきことは、結果の重大性である。すなわち、本件犯行によって殺害されたパチンコ店店員の被害者らは三名にも及んでいて、いずれも、突然襲われ、凶器のナイフで背中などをめった突きされるなどして惨殺されたもので、売上金等を運搬中であった店員二名は、エレベーターホールの中で苦悶の表情で横たわったまま死亡し、異常を察知して同所に駆け付けてきた同店責任者は、瀕死の重傷を負いながらも、急を告げようとして事務所までたどり着き、電話をしようと受話器付近を握ったまま遂に力が尽きてその場に倒れ死亡したものであり、また、強取した現金も約二三四万円と多額である。職務中を鋭利かつ大型のナイフ等を持って突然襲ってきた被告人らを前にして、これを防ぐ有効な術もないまま、極めて残虐な方法で、その命を奪われた被害者らの恐怖、苦痛、無念さは察するに余りあり、被害者の一人である同店責任者を自己の後継者として期待していた父親のパチンコ店経営者や帰郷して来る日を心待ちにしていた他の店員らの親、兄弟などの遺族らの受けた衝撃、怒り、悲嘆の心情は極めて甚大であって、これら遺族がいずれも被告人両名に対して極刑を望む旨述べるなど厳しい被害感情を示していることも当然なことというべきであるが、被告人両名は、このような被害者らの遺族に対して、全く慰謝の措置を講じていない。これに加えて、多額の現金を扱うパチンコ店などを狙った凶悪事件が少なくない昨今、三名ものパチンコ店店員らが殺害された本件事件が、同パチンコ店と同じビル内で未だ営業中であった飲食店の店員及び客や近隣の者らをはじめとして、社会一般に与えた恐怖感、衝撃は多大であって、その社会的影響も甚だ大きいといわなければならない。

第二は、その極めて冷酷、非情で、残虐極まりない犯行態様である。被告人両名は、共犯者と共に、本件パチンコ店店員二名が同店閉店後に多額の売上金等を同店のあるビルの一階から四階まで運搬することに目を付け、同人らと一緒にエレベーターに乗り込み、突如として同人らに襲いかかり、同人ら、さらに、異常に気付いて四階のエレベーターホールに駆け付けてきた同店責任者に対して、それぞれ、殺意をもって、鋭利かつ大型のハンティングナイフ及びサバイバルナイフという殺傷力の極めて高い刃物で背部等を力を込めて突き刺しあるいは木製の棒で力一杯殴り付け、被害者らに重傷を負わせて死亡させたものであるが、被害者らは、いずれも、被告人両名及び共犯者の右のような殺傷行為によって、ほぼ全身にわたって多数の損傷を負ったものである。

被害者らのうち、エレベーター内で襲われたパチンコ店主任は、頭部にいずれも打撲等によると認められる約一七か所の損傷を受け、これらは、内部に出血を伴う皮膚変色や、骨膜に達したり、前頭蓋に微骨折と外傷性くも膜下出血等を伴うものである。また、同人の背面には、深さ五センチメートルから約一〇センチメートルないし約一一センチメートルに及ぶ約八か所ものし開創があり、とりわけ、うち四か所は、前記に認定したとおり、肋骨、肋間等を貫通し、胸腔内に達して、肺に入り、肺動脈を切断するなどし、両肺に多数の損傷を負わせ、これがために、体外に多数の血液が流出して、胸腔内にはわずかの血液しか残らず、これによる出血性ショックにより、同人は受傷後ほどなくして死亡したものである。同人は、このほか、肩、腕、手などに約一二か所にわたって、内部に出血を伴う皮膚変色や表皮剥脱等の損傷を受けている。

同じくエレベーター内で襲われたパチンコ店副主任は、全身に一〇か所以上もの損傷を受け、頭部には、一部は頭蓋骨に及ぶし開創が、肩部には、鎖骨に切れ込みを与えているし開創がそれぞれあり、前記に認定したように、背面に、肋膜を貫通し、肋骨を切截して、胸腔内に進入し、肺に入る深さ八センチメートルないし九センチメートルのし開創が、会陰部から大腿前面にかけて、大腿部筋肉が切断され、大腿動脈・静脈が完全に切断された一辺の長さが約一六・五センチメートルのかなり大きなし開創がそれぞれあり、これらの背部、大腿部の損傷による出血性ショックによって、同人もまた受傷後ほどなくして死亡したものである。同人は、このほか、左上腕部から前腕部にかけて、創洞の長さが一二センチメートル前後のかなり大きな貫通創があるほか、腕、手などに内部に出血を伴う皮膚変色、表皮剥脱などの損傷を受けている。

また、エレベーターホールに駆け付けてきた同店責任者は下顎部及び腰部にし開創が、肩部に筋肉内に終わる深さ約七・五センチメートルのし開創がそれぞれあり、前記に認定したように、背面には、肋骨から肋間にかけて貫通して胸腔内に進入し、肺下葉を貫通して気管支内に進入し、気管支壁を切開して貫通する深さが一〇センチメートル内外のし開創があって、この肺損傷により、体外に多数の血液が流出して、これによる出血性ショックにより、同人は受傷後間もなく死亡したものである。同人は、このほか、首、胸、肘、手などに約一〇か所にわたって、内部に出血を伴う皮膚変色や表皮剥脱等の損傷を受けている。

このように、被告人両名は、共犯者と共に、被害者らに対して、一挙に襲いかかるなどして、極めて短時間のうちに、大型のナイフ二本を振るって背後から背部を突き刺し、頭部を木製の棒で殴打する等の凶行に及び、肺に損傷を与え、体外に多量の血液を流出させるなどして殺害し、悽惨な犯行現場で、なおも、被告人Aにおいて、血まみれになったエレベーター内に散乱してていた現金をつかみ取って強取し、すぐにその場から逃走し、それぞれが用意の乗用車及びタクシーに乗って逃走したものであるが、犯行現場となったエレベーター及びエレベーターホールはまさに血の海となり、エレベーター内は、台車が倒れ、多額の現金が乱れ落ち、その壁には飛び散った血しぶきやナイフによる痕跡が残るなど、大混乱の状態であって、その凶行の壮絶さが窺われ、また、多量の血が流出しているエレベーターホールで倒れ、多数のぱっくりと口を開けた傷口を見せて、全身血だらけの状態で死亡した店員二名、事務所内の流血の中で息絶えた本件パチンコ店の責任者の姿は、悽惨極まりなく、正視し難いほどに実に無残なものである。このような被告人らの本件犯行態様は、他に多くの例を見ないほど残虐極まりないもので、そこに三名もの被害者らの人間性や生命の尊厳さを無視する被告人らの凶暴、残忍、冷酷な性情、欲望に基づく犯行遂行意思の強固さをみることができるとともに、血の通った人間らしさを窺うことができない。

第三は、その計画性及び犯行遂行意思の強固さである。すなわち、被告人両名は、判示認定のとおり、共犯者から誘われて、同人と共に、本件パチンコ店を下見に行き、エレベーターに乗って同店の事務所等のある四階まで赴いた上、各階の様子等を確認し、その後、一階のエレベーター前付近で売上金等を持った店員らを襲って、背後から棒で殴り付けて気絶させ、その売上金等を強奪することとして、いわば予行演習までして、犯行に臨んだが、店員以外の者がいたために、計画が失敗し、その二日くらい後、再度、計画を実行しようとしたものの、多数の飲食客がいたため、その日も犯行に及ぶことができなかったことから、あらためて四階のドアや各階の状況などを下見し、従前の計画を変更して、人目のないエレベーター内で店員らを襲って売上金等を奪うこととして、本件犯行当日に至り、本件の鋭利かつ大型のナイフ二本、木製の棒を持ち、被告人Bにおいては、ガムテープをちぎって両手の指に貼り、共犯者においては、ゴム手袋の先を切ったものをその指にはめ、念には念を入れてまたしても二回にもわたって各階の状況を下見して、犯行計画やその後の逃走経路などを確認した上、二手に分かれ、一、二階から店員らと一緒にエレベーターに乗り込み、エレベーターが二階から四階まで上昇中、かねて計画のとおり、一挙に襲いかかってナイフで突き刺すなどして、同店員二名及び駆け付けてきた店員一名をそれぞれ殺害して、本件の強盗殺人の犯行を遂げ、その後、予定どおり、四階から階段を駆け降り、乗用車に乗るなどして逃走したものであって、その極めて用意周到な計画性と犯行遂行意思の強固さは驚くほどのものである。

このほか、本件第一の犯行は金銭的欲望という自己中心的な動機によるもので、そこに酌むべき余地がないこと、被告人両名のいずれもが、確定的殺意をもって、本件第一の犯行の重要な実行行為に及び、犯行後、共犯者と共に強取金を山分けしていること、被害者らに特段の落ち度が認められないこと、被告人Aは、本件第一の犯行後も、さらに、本件第二の建造物侵入に及び、被告人Bは、本件第三のオーバーステイの罪をも犯していること、被告人両名、とりわけ被告人Aは、明らかに虚偽といわざるを得ない弁解に終始し、捜査、公判を少なからず混乱させたことも量刑に当たって考慮せざるを得ない。

以上のような諸点を考慮すると、被告人両名の本件刑事責任は極めて重大である。

そうすると、本件第一の犯行については、共犯者のDが首謀者であったことが窺われるところ、同人は未だ検挙されず、既に国外に逃亡している疑いもあること、被告人両名ともに、わが国の実情を十分に理解していない外国人であること、本邦に入国した当初は日本語学校に通ったり、稼働するなどしていたこと、これに加え、被告人Aは、当初の計画では、主として運転手及び見張りの役が予定されていたに過ぎないこと、本件第二の犯行については、被害者との間で示談を成立させていること、被告人Bについては、貧困のため、十分な教育が受けられず、本国の親に送金する必要性があったことなど、弁護人らが指摘する被告人両名のために斟酌すべき事情を最大限考慮し、これに加え、死刑が究極の刑罰で、生命の尊さが等しく被告人両名にも妥当する普遍の原理であること、死刑に対する内外の情勢等に照らしても、本件犯行に対する被告人両名の刑事責任は、いずれもまことに重く、法の予想する最も重い部類に属するといわざるを得ず、被告人両名をいずれも死刑に処し、それぞれ自らの生命をもって、その罪を償うほかないものと結論せざるを得ない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田 健 裁判官 綿引 穣 裁判官 甲良充一郎)

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